東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1519号 判決 1968年9月16日
控訴人(被告) 国
訴訟代理人 松崎康夫 外五名
被控訴人(原告) 加藤武平外九〇名
主文
原判決を取消す。
被控訴人等の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は控訴代理人において、(一)防衛施設庁労務部長が昭和三十七年十二月十三日附で全駐労からの質疑文書に対して同中央執行委員長宛になした回答文書は全駐労の提出した疑問点(改正案に対する)に対し応答したにすぎないもので、双方の意思の合致を確認しうる性質の文書ではない。而も労働組合法第十四条に規定する要件も具えていない。従つて右質疑回答の往復文書は労働協約としての効力を有するものではない。(二)仮りに右質疑回答が個別的労働協約であるとしても被控訴人等の語学手当の受給資格は米軍側において「たん能な語学力を必要とする」と認めたときに始めて発生するものであるところ米軍側の契約担当官は昭和三十九年六月三十日防衛施設庁に対し語学手当を支給することは誤りであるとして支給打切の措置をとるよう要請し、各地の契約担当官代理者はそれぞれの地の渉外労務管理事務所長に対し打切の人事措置をとるべきことを要請し、右要請に基いて被控訴人等を所轄するそれぞれの渉外労務管理事務所長において各被控訴人等に対しおそくとも同年七月三十一日までに打切の通知をなした。よつて被控訴人等は右通知の翌日以降語学手当の受給資格を喪失したものであると述べ、被控訴人等代理人において、(一)控訴人の主張する質疑と回答とは単なる質問と回答ではなく要求とそれに対する回答であり、而も右回答は要求を容認した回答であつて、双方の合致した意思が示されている、この回答の趣旨は施設庁から全国都道府県に通達され、それに従つて語学手当の支給が実施されていたものである。右回答文書によつてなされた合意が労働協約であるかについては労働組合法第十四条との関係で疑問の余地はあるが労働協約は必ずしも書面に作成することを要せず、又書面に作成したときに当事者が署名又は記名押印することも要しないと解するのが正当である。前記第十四条が書面に作成し、両当事者の署名又は記名押印を求めているのは第三者に対し効力を及ぼそうとするいわゆる一般的拘束力を与えるためであつて、同条の要件に合しない労働協約でも協約としての効力を否定さるべきではなく同法第十七条、第十八条の定める効力を持ち得ないにすぎない。なお労働協約が成立していないとしても被控訴人等の個々と控訴人との間に語学手当を支給するとの合意が成立したものである。(二)控訴人主張の手当打切の通知を受け取つたことは認めるが、控訴人主張の受給資格を喪失したとの点は否認する。控訴人主張のように受給資格の取得が米軍側の裁量によるからといつてその喪失も当然米軍側の裁量にかかるとはいえない、むしろ受給者が職務の変更によつて語学の必要がなくなつたというような正当な理由による外は一方的に何らの正当の理由なく支給をとめることは許されるものではないと述べた。
(証拠省略)
理由
被控訴人等の職務給与等についての当事者間に争いない事実(原判決理由一)の記載はこれを引用する。
被控訴人等が語学手当受給の資格を有するか否かについての当裁判所の判断はその前提の事実関係については認定の証拠に成立に争いない乙第三号証、当審証人白山正己、及川陽の各証言を加える外は原判決の理由中に説示するところと同一であるからその記載(原判決理由の二の(一)から(二)の(1)まで)を引用する。
以上認定事実から判断すると基本労務契約の改正により手当の基準として使用されている「職種」の解釈について疑義を生じ控訴人の機関である防衛施設庁労務部長と被控訴人等の組織する労働組合の中央執行委員長との間に文書によつて質疑、回答が取り交され右両者間に被控訴人主張のように語学手当受給要件についての改正文の解釈につき意見の一致を見たものと解しうるけれども右文書の交換による解釈の一致が当然に基本労務契約を基礎とする駐留軍労使関係の就業規則を変更する労働協約であると解するのは相当ではない。前認定の回答は基本労務契約の改正に当つて駐留軍から提出された改正案に対する組合側の十数点に亘る質疑に対する回答としてなされたものにすぎず(右事実は成立に争いない甲第一号証、乙第三号証、原審並に当審証人白山正己、及川陽の各証言によつて認められる)その一部分である本件係争の語学手当受給資格要件の点についてはその内容において両者の意思の合致があつたものとはいえるけれども原判決の理由中にも説示しているとおり(原判決の理由の二の(二)の(2)の第十七行目から第二十三行目までを引用する)控訴人が右回答をするについてアメリカ合衆国政府との間に基本労務契約第十九条に定める手続を経たものではなく而も労働組合法第十四条に定める要件を具備した書面の作成されたことを認めるに足る証拠もない本件では前記文書の交換によつて個別的労働協約が成立したものと解するのは相当ではない。従つて被控訴人等は右文書の交換によつて当然に被控訴人等主張の語学手当受給の資格を取得したものとはいえない。それのみならず右手当受給の資格は前認定のとおり進駐軍の契約担当官代理者からたん能な語学力を必要とするとの認定を受けて始めて取得しうるものであるところ昭和三十九年六月三十日契約担当官から防衛施設庁に対しそれまでに支給していた語学手当の支給を打切るよう要請し控訴人主張の経緯で被控訴人等にそれぞれその旨通知されたことは成立に争いない乙第四ないし第十四号証、当審証人白山正己の証言によつて認められるから(通知の到達の事実は当事者間に争いない)契約担当官代理官が被控訴人等はたん能な語学力を必要とする場合に該当しないものと判断したものと解するのが相当であり、右打切までに一時支給を受けたことの事実に関係なく被控訴人等は元来右改正以降も被控訴人等主張の語学手当を受給する資格を有せず、唯本件当事者双方の改正文の解釈の誤りにより右手当を受けたにすぎないものと解するのが相当である。
被控訴人等は個々に控訴人と語学手当を受給しうる旨の合意をなした旨主張し、一時支給を受けていたことは控訴人も認めるところであるが労働条件として右支給を受けるについて被控訴人等と控訴人との間に個々に合意がなされた事実は本件全証拠によつてもこれを認めることができない。
以上判示によると被控訴人等の請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるところ右と趣旨を異にし被控訴人等の請求を認容した原判決は失当であるから民事訴訟法第三百八十六条により原判決を取消し被控訴人等の請求を棄却し、訴訟費用の負担について同法第九十六条、第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 石田哲一 矢ケ崎武勝)